題: 地上で 草野 信子
帰ってきた日の夜
男は二度ベットから転がりおちた
それまでの八日間
無重力の中で眠っていたから
宇宙飛行士の妻が語った
その話が好きだ
宇宙から見る地球に国境線はなかったと
男が語った話よりも
地上に生み落とされた
小さないきものは
重力に繋がれて だからこそ
やさしく交わることができることを
そっと思い出させてくれた
雨の音が聞こえる
遠い夜の林でブナの実が落下している
そしていま
わたしのうえに重なるひとの
やわらかな重量
宇宙飛行士の妻が語った話が好きだ
闇に向かって
わたしに目を見開かせるのは
(人間には国境がない)
美しい観念ではなく
わたしの胸を受けとめる胸
その奥の鼓動だ